ポートレートの可能性 / 死ぬまでにもう一度作りたかった自分にしかできないもの

更新日:9月10日
私がフォトグラファーとして復帰した時、広告・出版業界で活動していた頃とは異なる、誰にも真似のできない独自の立ち位置を築こうと考えました。
かつてストリートファッション誌の表紙などで表現していた私のポートレートスタイルやビジュアルは、他のフォトグラファーやファッション誌に模倣され、虚しさを感じた経験があります。
それをポジティブに捉えれば、ひとつの時代、あるいは流行を作ったと考えることもできます。
しかし、ひとりの人間が死ぬまでに、オリジナル性のあるものをいくつ形にできるのかと考えた時、誰かが生み出したオリジナルを模倣するという行為に対しては、やはり大きな嘆かわしさを感じます。
また、流行となって広がってしまえば、一般の方々にとって誰がオリジナルなのかを判断することは難しく、そもそもそこに興味を持つ人も、残念ながらほとんどいません。
だからこそ、死ぬまでにもう一度、オリジナルなスタイルを確立したい。
その強い意志のもと、簡単にはコピーできないであろう「コンセプト」に着目し、試行錯誤を重ねながら歩んできました。
そして、その先に辿り着いたのが、
存在認知/ストローク
を根底としたポートレートです。
そのコンセプトの内容は、以下の通りです。
【存在認知/ストローク】
「あなたの欲しい答えは、その一枚のなかに在る。」
私が撮るポートレートは、その一点に集中することに努めるものです。
人の心は「ストローク」がないと生きていけない。
心理学用語で「存在認知」とも言われる、その定義とは、
「あなたがそこにいることを、私は知っている。」
「存在認知/ストローク」をコンセプトに私が撮影するポートレートは、本人を含め、そのポートレートを見る人とのストロークの交換や信頼関係の構築を目的としたものです。
そして、人が自分自身の存在にあらためて気づき、自律し、その純粋性を生きるきっかけを得るものでもあります。
その写真の可能性は、一般に言うところのプロフィール写真などという領域を超え、自分自身や大切な人に宛てた、深いストロークとメッセージでもあります。
それは時に、グリーフケアを支えるものとなり、
時に、自分の深い部分と繋がる入り口となる。
そして、私がポートレートを通して誰かに向けた存在認知が、その人自身の自己存在認知へと変わっていく可能性もあります。
これらを踏まえると、このコンセプトは人の心に深く貢献できるものであると、私は考えています。
このコンセプトに辿り着いた経緯を振り返ると、一人のフォトグラファーとして、あるいは肩書きを外したひとりの人として、数少ない理解者に支えられながら自分の道を歩んできた「ここ」が、ひとつの到達点であり、私の人生にとって大きな目的の実現であったのだと、あらためて実感する日々となっています。
今回に限っては、多くの人に理解してもらえなくてもいい。
多くの人に届かなくてもいい。
自分が生きている間に、自分にしかできないもの、簡単には模倣されない本物を、もう一度だけ自分の中から生み出したかったのです。
MAL / 丸本祐佐




コメント