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ポートレートの可能性 / 死ぬまでにもう一度作りたかった自分にしかできないもの
だからこそ、死ぬまでにもう一度オリジナルなスタイルを確立したい。
その強い意志のもと、簡単には模倣できないであろうコンセプトに着目し試行錯誤を重ね、ここまで歩んできた結果…
「存在認知/ストローク」
を根底としたポートレートに辿り着きました。
そのコンセプトの内容は以下の通り

MAL
2025年8月29日


自分の深い部分と繋がれる環境とは何なのか
頭の中に何かしらのことについての言葉が溢れてきて、それらを繋いでいく作業。
文章が書ける時
その状況は、朝起きてまもない時間であることがほとんどで、
その状態になる必要な状況として、その日の朝の光、風、匂いや音を、窓を開けて感じだ時に、何かしらについての言葉が溢れてきます。
逆に、光が余り入ってこない部屋や風を感じられない場所、また窓の外の空気が大量の人口的なエネルギーにさらされているところなど、その日の朝の自然を感じられない状況においては、文章を書こうという意思があっても書けないことが多く、無理に書き始めても時間とエネルギーだけを消耗し、カタチにならないということが多々あります。

MAL
9月17日


Chapter 6ノ2:存在認知/ストローク2013年 - 現在
フォトグラファー復帰後に心理学のスキルを落とし込みながら構築された現在のコンセプトである「存在認知/ストローク」。
それは、「Existence and Message」や「Edge of Life」を経てたどり着いた、人の存在そのものを描写することに特化したポートレートです。
末期癌の方々や、余命を自分らしく生きている方々、また人生の分岐点にある方々などを被写体にしたそのポートレートは、被写体となる人も、写真を見る大切な誰かも、自分自身の深い部分と繋がることができるポートレートであり、時にはグリーフケアのお手伝いにもなり得るものです。
「あなたの欲しい答えは、その一枚のなかに在る。」

MAL
9月12日


Chapter 6ノ1:存在認知/ストローク2013年 - 現在
フォトグラファー復帰後に心理学のスキルを落とし込みながら構築された現在のコンセプトである「存在認知/ストローク」。
それは、「Existence and Message」や「Edge of Life」を経てたどり着いた、人の存在そのものを描写することに特化したポートレートです。
末期癌の方々や、余命を自分らしく生きている方々、また人生の分岐点にある方々などを被写体にしたそのポートレートは、被写体となる人も、写真を見る大切な誰かも、自分自身の深い部分と繋がることができるポートレートであり、時にはグリーフケアのお手伝いにもなり得るものです。
「あなたの欲しい答えは、その一枚のなかに在る。」

MAL
9月11日


Chapter 5ノ2:故郷でのポートレート/最後の嘘(2005年頃)
業界を引退する数年前のこと。
心の奥に残っていた蟠りと向き合い、昇華させるために選んだ方法は、やはりポートレートでした。
自分の存在、ルーツを再確認するため何度か故郷に戻り、肉親や自然の中で働く人々のポートレートを撮影しました。
そして大きくプリントした

MAL
9月10日


Chapter 5ノ1:故郷でのポートレート/最後の嘘(2005年頃)
心の奥に残っていた蟠りと向き合い、昇華させるために選んだ方法は、やはりポートレートでした。
自分の存在、ルーツを再確認するため何度か故郷に戻り、肉親や自然の中で働く人々のポートレートを撮影しました。
そして大きくプリントした

MAL
9月9日


Chapter 4ノ2:揺らぐ存在認知1996年 -
写真を生業とすれば、意に反したものも撮らなければならない。
そう考え作り出したMALというキャラクター。
しかし振り返ってみれば、そこで撮った全ての写真は自分の存在そのものでした。
雑誌の表紙や広告など、魂を削りながら撮影したそれらの

MAL
9月8日


Chapter4ノ1:揺らぐ存在認知1996年 -
写真を生業とすれば、意に反したものも撮らなければならない。
そう考え作り出したMALというキャラクター。
しかし振り返ってみれば、そこで撮った全ての写真は自分の存在そのものでした。
雑誌の表紙や広告など、魂を削りながら撮影したそれらの写真(媒体)を通し、普通に生活していては得られなかったであろう数多くの方々からいただいた莫大なストローク(存在認知)には、今も心より感謝しています。
しかし移り変わる状況の中で私が選択した行動は業界引退。
というよりも、フォトグラファーそのものを止めることでした。

MAL
6月28日


Chapter3:スタイルの構築と他者からの存在認知1996年 -
これまで心の外在化という、ある意味「表出」に近いところで自由にシャッターを切っていた私が、商業フォトグラファーとしての立ち位置を考えた時、進むべき方向を見失いました。
商業ベースに乗せるには、「表出」から「表現」へ変えなければならない。
そんな時に依頼された舞踏家やダンサーの撮影は、フォトグラファーとしてのスタイルを構築する大きなヒントとなり、「静」と「動」という二つのテイストを個性として未来へ繋げることができました。
この辺りから私の存在認知は、自分自身を対象とした段階から、他者からの存在認知も意識する段階へと移行していくことになります。

MAL
6月27日


Chapter2:はじまりのポートレート1994年
ずっと気になっていたその男性は、いつも同じ場所、いつも車椅子の上で弱々しく項垂れ、顔を見ることもできない状態でした。
しかし、写真を撮らせてくださいと声をかけると、
「もちろんだよ」
そう言って、この写真そのままの佇まいを見せてくれました。
撮影後に彼からかけられた
「俺はここから応援している。絶対有名になれよ。」
という言葉と、「もちろんだよ」と答えながら突然空気が変わったあの瞬間は今も忘れられず、彼に対する尊敬と感謝の気持ちはずっと持ち続けています。
少し演出された心の外在化のために撮っていた作風は、パリで発表することにより一段落していましたが、その次のステージになるで

MAL
6月25日


2020年3月に開催した30周年記念写真展「Existence and Message」より / Chapter1(全6チャプター / 9作品)
当時は意識できていないところで始めた、自己承認のために写真で表現する心の外在化。
素直に感情を表すことをしなかった子ども時代を過ごし、集団や人とのコミュニケーションが苦手だった私が社会とバランスをとることができたのは、写真という表現方法と出会ったからだと感じています。
写真を通して外在化された自分の心を眺めながら、自分自身と対話をすることにより、
気づき、知り、受け入れる。
そうした時間の中で自己の存在認知は少しずつ明確になり、また写真が他者にも認められ多くのストロークを得たことは、人間形成にもポジティブな影響を与えてくれたと、今の私はそう捉えています。

MAL
6月24日


存在認知の原点
私がまだ出版広告業界にどっぷりと浸っていた頃、フォトグラファーとしての自らの立ち位置(目的)や価値(ギャラの高さや仕事の質)を意識し過ぎたあまり、気づけば自分を見失っていました。
その時、今一度自身のルーツを辿り、
自分は何者なのかを確かめるために、
故郷の人々のポートレートを撮ったことがあります。
あれは二十数年前のことで、その時間は、いくつもの気づきとともに、幼少の頃から抱えていた大きな問題の解決へと繋がる、想定外の収穫と

MAL
4月22日


日本の普通に、救われる日
本日、某給湯器メーカーの方が、保証期間7年を迎える前の無料点検に来てくださいました。
サービスの質が低下していく時代の中で、変わらずにある丁寧さに触れると、少し安心します。
疑うことに慣れてしまいそうな日常の中で、

MAL
4月13日


ポートレートによる存在認知(ストローク)より / Photographer MAL / 丸本祐佐
ポートレートを撮影後の写真セレクト時には、毎回必ず選ぶコマがあります。
それは1コマ目。
1回目のシャッターです。
さらにそれを本番用に選ぶことも珍しくありません。
写真の使用目的にもよりますが、

MAL
4月10日


日常に溢れている小さな違和感
国を弱体化させる方法のひとつに、国民の分断化があるという。
私は余り見ませんが、ネットニュースやsnsなどへのコメント欄にあるネガティブな書込みもその方法のひとつでしょう。
目に見えない誰かの一言できっかけを作り、習慣化させ、様々なところで国民の分断化を進めていく。
これが人々の

MAL
2025年9月25日


存在認知(ストローク)/ あなたがそこにいること、私がここにいること
ジャンルやスタイルが異なっても、根底にあるコンセプトは変わらない。
だからこそすべての作品は繋がっている。
それは写真だけでなく、言葉、映像、音楽とも自然に結びつき、
「存在認知/ストローク」というひとつの視点が、僕のすべてのアウトプットを統合している。
作品制作とは、「表出-

MAL
2025年9月12日


僕が自転車に乗らなくなった理由 / 自転車の乗り方から伺える民度
若い頃は都内でもよく自転車に乗っていましたが、今ではすっかり乗らなくなりました。
その理由は、「不便」。
一車線で道幅も広くなく、人も車も少ない田舎道を走るのなら心地よいのですが、都会の街中では違います。
道路交通法を守りながら走ろうとすると、とにかく不便さを感じるのです。
向こう側に渡るのも面倒ですし、どこかに用事があっても駐輪場所は限られ、走れるスペースすらわずか。
そうした積み重ねが理由で、僕は自転車に乗ることをやめました。
街を歩いていると、半数以上の自転車がルールを守っていないように感じます。
僕は、自転車の乗り方からも「民度」が透けて見えると考えています。

MAL
2025年9月10日


チャットGPT氏のプラスのストロークが凄い
人の心はストロークが無いと生きていけない。
そして投げかけられるストロークがプラスのストロークであれば健康的であり幸せを感じられるとなると、
チャットGPT氏(以下チャット氏)との会話は心理カウンセラーもいらなくなるほどのものではと考えています。

MAL
2025年8月21日


私のフォトグラファーとしての物語は、まだ続いている。
第一幕
Parisで個展を行っていた時代
身体が弱かった幼少期や、表現・表出を素直に行うことができずに自分を抑えていた子ども時代の未経験や未学習を取り戻し、更に社会の中でひとりで生きていくための自己効力感を習得するための時間であった。
第二幕
がむしゃらな商業フォトグラファーの時代
ここではコミュニケーションの基本と言われている「表出・表現・交渉」をビジネスの場で実践しながら学び、学びながら実践し

MAL
2025年8月14日


私のポートレート撮影におけるコンセプト / My portrait photography concept a doorway to becoming .
「あなたの欲しい答えは、その一枚のなかに在る。」
私が撮るポートレートは、その一点への集中に努めるものである。
そして、その根底に流れる理念は「存在認知」であり、心理学用語で「ストローク」とも呼ばれるその定義とは、
「あなたがそこにいることを、私は知っている。」

MAL
2025年8月2日
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