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孤独とさみしさの違い

若い世代にも、いい年齢の大人達にも知って欲しい。

電車の中で耳に入ってきた他人の会話から、またそれについてお伝えしたくなりました。

「孤独」と「さみしさ」の違い…

☆「孤独」:自分自身の深いところと繋がっている状態。自分の存在の核と繋がり、その声を聞いている状態。

「ひとりであることの喜び」という肯定的な側面を持つ。

自然の静けさの中で無言で木や雲や波に語りかけたり、静かに詩をひとりで読んでみたり、音楽に聴き入ったり、芸術作品をひもといたりする時間におのずと去来(行き来)するもの。

☆「さみしさ」:「ひとりであることの痛み」というネガティブな側面を持つ。

さみしさは、しばしば、人と人との繋がりが拒絶されたり離ればなれになることによって体験されているものである。

それは私たちが別れや死に直面した時に襲いかかってくる感情であり、周囲から誤解されたり、愛が破れたりした時に生まれてくる感情である。

… 孤独に身を任せている時には、群衆の中にあってもひとりきりである。しかし決して寂しくはない。

深い孤独を体験した者同士こそ、真の人と人との出会いとなります。

逆に孤独に耐えない人同士のつながりは、本当の意味で出会いと言える代物ではありません。

日本的な人間関係のしがらみの中で、他者との浅いつながりを保つことで、自分自身と向き合うことを回避してしまっているケースも少なくないからです。

- 諸富祥彦著「自己成長の心理学」/ムスターカスの孤独論 参照 -

僕の場合は1日に一度、「孤独」という自分と向き合う時間を作ります。

日によって時間帯は様々ですが、日々ありのままに自分らしく生きているか、心に在るものを素直に表現できているか、エネルギーの予備タンクの中身… などの確認作業。

今この文章を書いたりする時間も、自分の深いところと繋がっている時間です。

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